「皇帝になれなかった男」を皇帝として刻んだ2フラン銀貨
1874年に製作された、皇太子ルイ=ナポレオン、いわゆる「ナポレオン4世」の肖像を描いた2フラン試鋳銀貨です。
ルイ=ナポレオンは、フランス皇帝ナポレオン3世と皇后ウジェニーの唯一の息子。生まれながらにして第二帝政の後継者となるはずの人物でした。
しかし1870年、普仏戦争の敗北によって第二帝政は崩壊。一家はフランスを離れ、イギリスへ亡命します。そして1873年に父ナポレオン3世が死去すると、翌1874年、18歳となったルイ=ナポレオンはボナパルト派にとって王朝復活の象徴的存在となり、「ナポレオン4世」として期待を集めるようになりました。
まさにその1874年に作られたのが本貨です。表面には若きルイ=ナポレオンの肖像とともに、
NAPOLEON IV EMPEREUR
――「皇帝ナポレオン4世」と刻まれています。
しかし、彼が実際にフランス皇帝として即位することはありませんでした。
国家が作らなかった「次の帝国」の貨幣
この2フラン銀貨は、フランス政府が発行した正式な流通貨ではありません。一般にベルギー・ブリュッセルのWürden工房に帰属される私製試鋳貨とされています。
ここが本貨の大きな魅力です。1874年のフランスはすでに共和国。国家が「ナポレオン4世皇帝」の貨幣を正式に発行する時代ではありませんでした。それでも、ナポレオン王朝の復活を思わせる貨幣が国外の私設工房で実際に形にされた。
つまりこれは、単なる非公式コインではなく、「もしフランス第二帝政が復活していたら」という、実現しなかった歴史の可能性を銀貨として残した一枚ともいえます。公式に存在しなかった皇帝だからこそ、国家ではなく私設工房によってその姿が貨幣になった――その背景自体が、この試鋳貨ならではの面白さです。
そして「ナポレオン4世」は23歳で歴史から消えた
その後ルイ=ナポレオンはイギリスで軍事教育を受け、1879年には英軍に同行して南アフリカのズールー戦争へ向かいます。しかし偵察中に襲撃を受け、23歳という若さで戦死。彼の死によって、「ナポレオン4世」として帝政を復活させる可能性も事実上消えていきました。本貨が作られた1874年から、わずか5年後のことでした。
皇帝になることのなかった男を、「皇帝」として刻んだ銀貨。この1874年2フラン試鋳貨は、ナポレオン3世の時代が終わった後にも残っていたボナパルト王朝復活への期待と、その後実現することのなかった「第三のナポレオン帝政」を想像させる、非常に物語性の高い一枚です。
PCGSによる評価はSP61。通常の流通貨とは異なる、歴史の”もしも”を形にした試鋳銀貨です。
※本貨はフランス政府による正式な流通用2フラン貨ではなく、一般にブリュッセルのWürden工房に帰属される私製試鋳貨とされています。関連資料では一部の署名・製作地について異説も指摘されています。
※歴史的背景に関する記述は、参考文献に基づく一般的な見方を紹介するものです。
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