16歳で早世したハノーファー王家の王子
本品は1904年、ハノーファー王家のクリスティアン王子を記念して制作された銀メダルです。
クリスティアン王子は1885年生まれ。父はハノーファー王太子エルンスト・アウグスト、母はデンマーク王女テューラ。しかし1901年9月3日、オーストリア・グムンデンで、わずか16歳という若さでその生涯を終えました。
1904年6月10日――新霊廟への改葬
王子の死から約3年後。1904年6月10日、クリスティアン王子の遺骸はグムンデンに設けられた新しい王家霊廟へと移されました。本メダルには、その出来事を示すラテン語銘文が刻まれています。
つまりこれは、単なる王族肖像メダルではありません。ひとりの王子が新たな安息の地へ移された、その具体的な日付まで記録した追悼メダルです。
表面に刻まれた「王子が眠る場所」
一方の面には、グムンデンの新霊廟の建築景観が描かれています。肖像ではなく、王子が眠る場所そのものを主題としている点が非常に特徴的です。
表面には、
TRANSLATVS IN NOVVM MAVSOLEVM MDCDIV X IVNII
といった銘文が刻まれ、1904年6月10日の新霊廟への移送を記録しています。
建物と日付。まるで一枚の小さな歴史資料のような構成です。
裏面にはハノーファー王家の紋章
反対面には、王冠を戴くハノーファー王家の紋章。左右にはライオンとユニコーンが配されています。
周囲には、
CHRISTIANVS DVX BRVNSVICENSIS ET LVNEBVRGENSIS
「ブラウンシュヴァイク=リューネブルク公クリスティアン」を示すラテン語銘文。
早世した少年でありながら、その出自が王家の格式ある紋章とともに刻まれています。
「失われた王国」の王家
ハノーファー王国は1866年、プロイセンによって併合されました。その後、ハノーファー王家は旧領を離れ、オーストリアのグムンデンを主要な拠点のひとつとしました。
そのため本品は、単なる家族の追悼記念というだけではなく、故国を失った王家が、異国の地で一族の記憶を残したメダルという側面も持っています。
王国の消滅と、その後も続いた王家の歴史。そこまで背景を知ると、このメダルの見え方がかなり変わります。
PCGS MS67――単独最高鑑定
本品はPCGS MS67。PCGS Populationでは、現時点で本タイプの登録は1枚のみ。つまり、
MS67=1枚
上位グレード=0枚
のPCGS単独最高鑑定(Top Pop)です。
約120年前の銀メダルとして非常に高い保存状態であることに加え、PCGSで確認されている個体自体が1枚のみという点も大きな魅力です。
TLCコメント
これ、かなりストーリーの深い一枚です。16歳で早世した王子。失われたハノーファー王国。オーストリアへ移った王家。1904年6月10日の新霊廟への改葬。
そして、その出来事を記録した銀メダルが、現在はPCGS MS67・単独最高鑑定。
単に状態がいいメダルではなく、ひとつの王家の喪失と記憶が刻まれた歴史資料として楽しめる一枚です。
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